冬桜《パソコンver》

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 この半年間、副店長は貪欲な程に僕に仕事を教えた。カクテルの作り方、生ビール機の洗浄方法、売上精算の仕方、アルコール類の発注方法。仕事を覚えると時給も上がったしシフトも毎日のように入れてもらえた。嬉しかった。「バイトに来る」=「副店長に会える」から。そして悔しくて必死になって仕事を覚えた。副店長に一人前と認めてもらいたくて。その甲斐あって、バイトを始めた頃のようにクスクスと笑われることもなくなった。  毎日、閉店まで彼女と一緒のシフトだった。特に0時以降は客席で二人きりで仕事することが多かった。勿論、席にはお客さんはいたけれど、彼女を独り占めしてるみたいで嬉しかった。昼間は大学、夕方から専門学校、夜はバイトでめっちゃくちゃ忙しかったけれど、苦じゃなかった。  僕はずっとずっと、このまま一緒に仕事出来ると思っていた。 .  そんなある日、バイトに行くと副店長に話があるからと休憩室の椅子に座らされた。 「新人、採用したの。榎並くん教えてくれる?」  副店長はいつもの笑顔だった。僕に新人のトレーニングをさせて、その子がある程度出来るようになったら僕とその子に閉店までの時間を任せる、と言った。それって……。 「じゃあ、副店長は、遅番には入らないってことですか……?」 「そうね、榎並くんが入る21時で交代になるかな。夜、私の代わりをお願いね?」  僕は返事をしなかった。そんなことは初めてだった。副店長に逆らうなんて。 「私は榎並くんを信頼してる。榎並くんなら出来るし、何かあれば21時以降も残ってフォローするよ。時間帯のリーダーになってもらいたいし、そのほうが時給も上がるでしょ、ね?」  僕が返事をしない理由はリーダーという責任の重さが嫌なのだと副店長は考えたのだと思う。だから理由づけをして納得させようと、モチベーションをあげておこうと、そう話をしてきた。  僕はまだ黙っていた。副店長と一緒に仕事に入れなくなるなんて嫌だった。受け入れられない理由を言える訳もなく、でも頷きたくもない。しばらく僕はどうしていいか分からず俯いたままだった。 「私もランチやディナーの時間帯を見て、スケジュール組んだり売り上げや粗利の詰めを覚えないと、店長になれないから……」
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