1-2彼の場合

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「しかしお返しできない」 「いいんですよ。本当に必要ないんです」 老人はそういいながら強引に私のコートのポケットへお札をねじ込んできた。困りますと語気を強くしようと思ったが、周りに不審に思われるのも老人に悪いと思い、やめた。 「だが、あなただってここで誰かを待っているのでしょう。こんな寒い日に、こんなところに座っているなんて」 ついさっき座ったというような雰囲気には思えなかった。こんな寒空の下、ベンチにじっと座って彼は何をしているのか。 「ええ、待っていますよ。きっと来ることはないのですが」 「……どういうことですか」 「時間がおありなら、お話ししましょう」 私は老人の隣に腰かけた。コートを着込み、赤や白の袋を携えた人々が次々に私たちの前を横切っていく。その表情は家路を急ぐ楽しみに満ちたものや、愛する人のとなりでほころぶ笑顔に満ちている。しかし私はこのベンチに座る老人だけ、なんだか時間が止まっているかのような錯覚を覚えた。
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