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後ろから声がして、私のことかはっきりしないままに振り向くと、百貨店前のベンチに一人、身なりの良い老紳士が腰かけていた。
彼が私をみて微笑んでいるので、やはり私に声をかけているのだと気づく。
「あの、何か」
「いやね、さっきからあちこち何かを探しまわっているようだから、どうしたのかと思いましてな」
黒い紳士帽子をかぶって両手で杖を持つ老人は、ずっと前からそこにいるかのように、景色とまじりあって見えた。立派に整えられた白ひげはまるでサンタクロースを思わせる。そこまで長くはないんだが。
「あぁなんともお恥ずかしい。実はどこかに財布を落としてしまったようで。こうして駅までの道を帰りながら探しているんです」
「なんとそれはいけない。こんな特別な夜だというのに神様も意地悪なものだ」
「そうですよね、娘へのクリスマスプレゼントを買いに来たんですが、これじゃプレゼントどころか家にも帰り付けないので。参ったもんです」
「いやいやそれは。ではこの老人が――」
そういいながら彼は懐に手を伸ばし、ごそごそと探ると財布を取り出してその中から私にお札を差し出してきたのだ。ぱっと見ただけで一万円札が5枚はある。
「いやいや何をなさるんです!」
私はあわてて老人の手を両手で財布に押し返したのだが、老人はいやいやといって聞かなかった。
「こんな老人が持っていても仕方がないものです。これも何かの縁だ。これで娘さんにプレゼントを」
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