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ーー19世紀、英国。
夜の闇が訪れ、そこだけ切り抜いたかのように浮かんだ満月の元。
その穏やかな景色に似つかわしい、女性の悲鳴が響き渡った。
「ーーいっ、いやっ!
やめて!
はっ、放してっ!」
冷たい路地に這いつくばり、恐怖に顔を歪めて声を上げるのは、髪を一つに束ねた若い女だ。
涙と汗、傷付けられたどこからか流れる赤黒い血で、普段はその魅力で男を虜にする娼婦も、今は見る影も無かった。
しかしその必死の懇願にも関わらず、彼女の前に立ちはだかる黒い影は、微かに唇を歪めただけだ。
それを見て、娼婦はさらに顔を引きつらせた。
一歩、一歩と、影は近づいて来る。
相手は、ナイフも何も持っていない。
それなのに、どうしてこんなにーー。
「ーーこっちに来ないで!
け、警察呼ぶわよっ!
やめてっ!
お願いっ!
もうーーーー」
言葉は、続かなかった。
ひゅっという笛のような音がして女の声は闇に呑まれた。
そして次の瞬間、その娼婦からは紅い雫が舞い、黒い影は、力を失くした女を抱くようにして、共に路地に倒れ伏せる。
月光に照らされたその姿は、女を貪っているようにも見えた。
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