第1章 世紀の天才学者

2/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
ーー19世紀、英国。 夜の闇が訪れ、そこだけ切り抜いたかのように浮かんだ満月の元。 その穏やかな景色に似つかわしい、女性の悲鳴が響き渡った。 「ーーいっ、いやっ! やめて! はっ、放してっ!」 冷たい路地に這いつくばり、恐怖に顔を歪めて声を上げるのは、髪を一つに束ねた若い女だ。 涙と汗、傷付けられたどこからか流れる赤黒い血で、普段はその魅力で男を虜にする娼婦も、今は見る影も無かった。 しかしその必死の懇願にも関わらず、彼女の前に立ちはだかる黒い影は、微かに唇を歪めただけだ。 それを見て、娼婦はさらに顔を引きつらせた。 一歩、一歩と、影は近づいて来る。 相手は、ナイフも何も持っていない。 それなのに、どうしてこんなにーー。 「ーーこっちに来ないで! け、警察呼ぶわよっ! やめてっ! お願いっ! もうーーーー」 言葉は、続かなかった。 ひゅっという笛のような音がして女の声は闇に呑まれた。 そして次の瞬間、その娼婦からは紅い雫が舞い、黒い影は、力を失くした女を抱くようにして、共に路地に倒れ伏せる。 月光に照らされたその姿は、女を貪っているようにも見えた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!