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「いらっしゃいませー!」
翔が入り口の扉を開けると、モノトーンを基調とした店内が広がる。
カウンターの一番奥に座り、マスターに会釈をする。
大晦日なのに意外と賑わう店内。
まぁ、10人入れば満員の店内だ。
賑わうと言っても満員にはならない程度の8人。
おしぼりを手渡され、生ビールを頼む翔。
「翔さん、こんばんは。今日は大晦日なのに忙しくて…。すいません。もうすぐマスター手が空くと思いますから。」
そう話しかけてきたのはキララ。
大学に行きながらこの店でアルバイトをしている娘だ。
なぜキララなのかは判らないが、小学生位からのアダ名だと過去に教えてくれた。
翔の前に生ビールが置かれ一気に飲み干す。
その姿をキララが見て、突っ込む。
「あれ?今年最後にいい飲みっぷりですねぇ。」
「あぁ…。まぁね…。」
言葉を濁らす翔。
まだ今日の出来事を言えるほど余裕はなかった。
いや、言いたくなかったと言った方が正しいだろう。
翔はその流れでジンライムを頼む。
「あらー?翔さん酔っぱらいたいんですかー?」
キララも他のお客さんからお酒を頂いたのだろう。
かなり酔いが廻って来ているせいか、喋る内容に気遣いがない。
だが翔にとっては少し心地よかった。
変な気を遣われた方が気分を害していただろう。
「っふ。」
小さく笑うとキララは
「あー。やっと笑ったぁ。さっきから翔さん眉間にシワが寄ってるだけのおじさんでしたよー!」
おじさんとはご機嫌だ。
(面白くて笑った訳じゃないのになぁ。まぁいいか。)
キララを見ていると、他の変な事を考えなくて済むのは事実。
他のお客からいじられてるキララを見ながら、翔の持つグラスのなかにはウィスキーが注がれていた。
「…な、」
翔が動揺して目線を前に向けるといつの間にかマスターが目に入った。
忍者のような気配の消し方は健在だ。
マスターはいつも自分の都合が悪くなったりするといつの間にか店の奥に隠れる。
余談だが、誰もマスターが奥に行く姿を見たことないとか。
そんなマスターが、注文の入ったフードを作り終えたのだろう。おでこの汗を拭きながら一言。
「飲みたい気分なんでしょ?」
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