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二人は民家の屋根を、音もなく駆けていく。まるで影の様だ。
「ここですか?」
山崎が指差した旅籠には、障子越しにぼんやりとした明かりが点いているのが分かる。もう亥の刻だと言うのに。
間違いない。梨乃は山崎に入れ、と目で訴え、先に天井裏に入らせる。
「二人通れる?」
「腹這いになれば問題はありません。」
その言葉に梨乃はうつ伏せに天井裏に潜り、明かりのついていた部屋を探す。
「水原君。ここです。」
山崎が指差したのは、両隣が壁に囲まれた、要塞の様な部屋だ。
「成る程……。板はずす?」
「その方が良いでしょう。」
梨乃は少しだけ天井の板をはずすと、寝そべって聞き耳をたてる。少しずつだが、耳が慣れてくるにつれて、浪士の会話が聞こえてきた。
「いつか京の都も俺たちの手で……。」
「まずは新選組を何とかしないとな。時流を読めぬ幕府の犬に、目に物を見せてやるわ!」
梨乃は隣の山崎をそっと伺う。静かだが、その顔には怒りの色が色濃く出ていた。梨乃は再び耳を傾ける。
「新選組でも夜中に襲われたらどうしようもあるまい。」
「そうだな。あんなに偉そうに京の町を歩いているとはいえ、所詮は警戒心の無いただの百姓上がりだ。」
その言葉に梨乃は奥歯を食い縛る。浪士達の言葉は、あまりにも偉そうで、あまりにも酷だった。
「水原君。今日の収穫は恐らくこれだけでしょう。」
山崎の梨乃は天井裏からそっと室内を覗く。先程のピリピリとした空気は無く、浪士達は酒を煽るばかりだった。
「屯所に戻ろうか。」
山崎と梨乃は足音一つ立てずに屋根裏を抜け、旅籠の外に出た。
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