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先刻の会話を聞いてから、山崎は黙りっぱなしだ。怒っているのだろう。それは梨乃も同じだ。
今まで自分達が築いたものを、今まで全幅の信頼を預けて付いてきた新選組をばかにされたのだ。
しかし、自分達は監察方。裏で支える身故、こんな事で我を忘れてはいけないのだ。
「山崎君。余り怒っちゃ駄目。監察方失格よ。」
「しかし、あの浪士達のーー」
「副長も失望するわよ?ね、落ち着いて?」
「副長」ときいて山崎の眉がピクリと動く。そしてすぐに笑みを浮かべると、
「そうですね。俺達は裏から新選組を支える身ですから、これくらい我慢しないと………。」
と、少し自嘲をふくんだ声色で言った。
話の分かる男で良かった。梨乃は安堵のため息をつく。
「そう、その調子。少し急ぎましょうか。」
「はい。」
二人は来たとき同様、音もなく民家の屋根を駆けていく。誰も知らない監察方の苦悩を、蒼白い月が見ていた。
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「歳三。」
梨乃は山崎と共に副長室に入る。土方はこの時を待っていたかの様に、梨乃が屯所を出たときと同様、難しい顔で座っていた。
「御苦労だったな。山崎も、何から何まですまねえな。」
いえ、と山崎は一礼する。
「で、奴等に動きはあったか?」
山崎は水面すれすれを行く鳥の様な、極めて静かに言った。
「新選組の屯所襲撃を企てているようです。」
土方の目が細められる。怒っているのかどうなのか、分かりにくい表情だ。梨乃は口を開いた。
「泳がせた方が良いんですよね?“副長”?」
梨乃の意図を読み取ったのか、土方はようやく口許に弧を描く。
「ああ、頼んだぜ?“水原”。」
土方の返事に梨乃は怪しげに笑うと、一つ伸びをした。
「あーあ、疲れた。お風呂入ってこよーっと。」
副長室を出て、縁側に出る。音一つ無い静かな夜だ。今日は原田達が酒を飲んでいないせいだろう。
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