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ガラッ
梨乃は脱衣室の襖を開ける。中は人一人おらず、梨乃の独占状態だ。
「寒い…。」
梨乃は服を脱いで籠に入れると、手拭いを持って引き戸を開けた。
「前見えないわ…。」
平隊士の大半は外の浴場へ行くが、幹部は皆内風呂に入る。そのため、何人分もの熱気や湯気が、浴場を包んでいた。
梨乃は一歩一歩慎重に前へ進み、湯を張った桶を手探りで探す。
「これかな…?うん、多分これ。」
そして湯を体に掛けると、湯船を足で探して、それらしき所へ足を入れた。
「あっつ!」
すぐに足を抜いてその場に座る。誰が湯加減を見ていたのかは知らないが、湯があつい。並に入れるものではない。
梨乃は自分の足に息を吹き掛けて冷ますと、意を決して再び足を入れる。
「熱い熱い熱い熱い!」
熱さに耐えながら肩まで浸かる。ピリピリとした痛みが体を叩く。思わず唇を噛み締めた梨乃の反応は、間違ったものでは無いだろう。
しかし慣れは怖いもので、ものの一分もすると、何事もないかの様に湯に浸かる梨乃がいた。おまけに口笛も吹いている。すると…。
「夜の口笛は良くない。控えろ。」
浴場の入り口から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。この抑揚の無い、低い声は……。梨乃は目を凝らす。湯けむりのなか、見慣れた人影が現れた。
「は、はじめええええええ!?」
それは紛れもなく斎藤だった。一方の斎藤は……。
「ん?その声……。梨、梨乃か!いや、すまん……。俺はてっきり総司か誰かかと……!」
顔を真っ赤にして狼狽えていた。おろおろとその場を行き来する。
「……まあ、一ならいっか。入りなよ、冷えるよ。」
「いや、しかしお前は……。」
「女であって女じゃ無いような存在でしょ?今更何いってんだか。」
斎藤は思いもよらない梨乃の返答に観念したのか、人一人分、いや、二人分の隙間を開けながら湯船に入ってきた。
静寂がその場の空気を支配する。湯けむりでお互いの顔が見えないのが救いだ。
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