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「監察方の方はこんな時刻まで仕事か。」
沈黙を破ったのは斎藤だった。
「うん。山崎君と二人で。」
「俺達の手に余る位仕事が多いのはいた仕方無いが、監察の仕事を増やしているのは申し訳ない。」
斎藤は声色を落として言った。顔は見えないが、謝っているのだろう。
「それを覚悟で今まで近藤 勇に、皆に付いてきた。それに……。」
「?」
「これは恩返しでもあるの。ここまで育ててくれた、沢山の人への。」
斎藤はふっ、と笑い、
「随分命の懸かった恩返しだな。」
と笑った。梨乃は斎藤に言い返す。
「一だって人の事言えないじゃん。」
その言葉に斎藤は自嘲的な笑みを浮かべ、梨乃がいるであろう方向に顔を向けた。
「お前の言う通りだ。もしかすると俺も、お前と似たようなものなのかも知れないな。」
似た者同士。そう言われている気がして、梨乃は微笑みを浮かべた。長い間一緒にいる証拠が出来た気がして、何処か嬉しい気持ちもある。
付いてきて良かった、と梨乃は呟いた。そして斎藤に聞こえるように言う。
「付いてきて良かった。皆に、付いてきて、私は女としては生きていないけど、「誠」の武士として生きていられる。」
「誠」。その言葉に力を入れ、梨乃はきっぱり言い張った。
「ああ、俺達は武士だ。」
斎藤も言葉少なだが、梨乃の意見に同意する。梨乃の胸に温かい何かが広がる。
梨乃は湯船から出ると、斎藤を見下ろした。
「一に言って良かった。分かってくれるって、思ってたから。」
そして小走りで浴場から出ていく。
湯けむりの中、斎藤は憂いを帯びた目で笑みを浮かべていた。
「俺なら分かってくれるって、思ってた……か。」
笑顔の訳は、誰も知らない。寡黙な一匹狼の笑顔は、湯けむりに消えていった。
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