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次の日の卯の初刻頃、眠っていた梨乃は目が覚めた。最近眠れなくて困っている。
原因は凡その推測はつく。悩んでいることがあるのだ。下らない、小さな悩みだけれども、それが梨乃の思考回路を邪魔している。
「結局自己解決か……。」
梨乃は前髪を掻き上げ、独り言を漏らした。夜着から忍び服に着替え、頭巾と鉢金をせずに寝転がる。
こんな梨乃の小さな、だけれども存在感のある悩みを、何が打ち消してくれるだろう。途方に暮れる梨乃は、やはり刀を差していても年相応の女だ。
「梨乃?いるか?」
部屋の外から原田の声が聞こえる。こんな朝早くに起きている事は、珍しい。
「左之助?いるよ。」
静かに障子が開く。梨乃は起き上がり、原田と向き合う形になった。
「どうしたの?左之助。悩み?」
梨乃が聞くと、原田は曖昧に濁しながら頬を掻いた。
「俺じゃねえんだ。……梨乃。お前、なんか悩んでるだろ。」
いきなり図星をつかれ、梨乃は返す言葉もなくなってしまった。俯いて口を閉ざす。
「聞いてやるよ。これでもお前よりは長く生きてるし。」
梨乃は腰の刀を見やると、顔を上げてる口を開いた。
「………左之助。今私が聞くことに、「武士」としての意見を聞かせて。」
ただならぬ雰囲気に、原田は居住まいを立て直し、正面から梨乃を見据えた。
「私は今新選組の一員としてここに居る。日野に居たときから、浪士時代も、ずっとずっと、皆と困難を乗り越えてきた。多分、これからも。」
梨乃は黒曜石の様に黒く美しい目を原田に向ける。また言葉を紡いだ。
「でもね、時々思うの。私は此処に居て幸せだよ?だけれども、いつかそれが当たり前になって、嫌気が差す日が来るんじゃないかって……。」
そこまで言うと梨乃は俯いた。白い肌に睫毛が影を落とす。
「…………「武士」として、それは甘い考え?」
原田は何も言わずに梨乃を見つめていたが、やがて表情を緩め、梨乃の頭を撫でた。梨乃は不安げに原田を見る。
「確かに、気の迷いは何事も狂わせっちまう。「武士」としてでも、何にしてでも……だ。」
原田の言葉をきいて、梨乃は再び俯いた。分かっては居たが、改めて
言われると、己の覚悟の足りなさを実感する。
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