伽羅の移り香

22/28
前へ
/230ページ
次へ
何とか島原の大門を抜け、息も切れ切れに走る梨乃。 「見つかるかと思った……っ…」 先程大門を抜けるとき、視界の端に映った浅葱。 背格好からして谷だったろうか。その人物が振り返るギリギリで、梨乃は大門を抜けたのだ。 編笠は出るその足で編笠茶屋に返してきたから、今梨乃の顔を隠すものは無い。 つまり、見つかれば一巻の終わり。 そう考えれば考えるほど、梨乃の足は速くなっていく。 背中で翻る大きめの羽織がいじらしいが、今は気にしている場合ではない。 辻灯籠が行く道を照らすなか、梨乃は必死に走っていた。 月は雲に隠れ、星明かりは仄かにしか地上を照らさない闇夜。 普段熟知しているはずの道も、梨乃には闇にしか見えない。 それでも出来る限り壬生を遠ざける様にして走る梨乃の目には、薄く涙が溜まっていた。 「なんでこんなことにっ……!」 極限の状態では、口を開けば泣き言か愚痴しか出てこない。
/230ページ

最初のコメントを投稿しよう!

82人が本棚に入れています
本棚に追加