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何とか島原の大門を抜け、息も切れ切れに走る梨乃。
「見つかるかと思った……っ…」
先程大門を抜けるとき、視界の端に映った浅葱。
背格好からして谷だったろうか。その人物が振り返るギリギリで、梨乃は大門を抜けたのだ。
編笠は出るその足で編笠茶屋に返してきたから、今梨乃の顔を隠すものは無い。
つまり、見つかれば一巻の終わり。
そう考えれば考えるほど、梨乃の足は速くなっていく。
背中で翻る大きめの羽織がいじらしいが、今は気にしている場合ではない。
辻灯籠が行く道を照らすなか、梨乃は必死に走っていた。
月は雲に隠れ、星明かりは仄かにしか地上を照らさない闇夜。
普段熟知しているはずの道も、梨乃には闇にしか見えない。
それでも出来る限り壬生を遠ざける様にして走る梨乃の目には、薄く涙が溜まっていた。
「なんでこんなことにっ……!」
極限の状態では、口を開けば泣き言か愚痴しか出てこない。
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