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しかし走らない訳にも行かず、梨乃はただ逃げるように町を走る。
「はあっ……はあ…っ……」
次第に呼吸が苦しくなり、梨乃は一旦立ち止まると、民家の壁に手を付き、呼吸を整えた。
「はあ…っ…ケホケホッ…!!」
空咳が静寂を破る。その僅かな音でさえも、誰かに気づかれるのではないかと梨乃は神経質になる。
だがそうも思わざるを得ない程、今夜は静かな夜だった。
音らしい音と言えば、梨乃の咳、それと彼女の草履が地面を擦る音位だろう。
故に、誰かが来る音等は直ぐにわかるはず。
今の梨乃には、都合の良い静寂だった。
ーーーーージャリ
刹那、向こうから何か音が聞こえた。
「ひっ……!」
情けなくも小さな悲鳴を上げた梨乃。
ジャリ、ジャリ
足音は誰かを探す様に、ゆっくりと梨乃のいる処へ近付いてくる。
梨乃は寒くもないのにカタカタ震える肩を自分で抱き締め、声を出さぬ様に口を袖に押し付けた。
(やだやだ怖いっ……!)
元来魑魅魍魎、妖などの類いを信じない梨乃。見たことも無いものに怯えるなど、有り得ない性格だ。
だが何が原因か、今の梨乃にはこの足音が酷く怖いものに聞こえてならない。
ジャリ、ジャリ、ジャリ……。
足音はまるで梨乃が居るのが分かっているかの様に、ゆっくりと止まることなく近付いてくる。
(つ、辻斬り…!?斬らなきゃ…!!)
震える手で刀の柄を握る梨乃。鍔音までもが震えていて、彼女と共鳴しているようだ。
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