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ジャリ、ジャリ
足音はもうすぐ其処。梨乃との距離はかなり近い。
梨乃は出来るだけ物影から自身の肩を出さないように縮こまり、刀をゆっくりと抜いた。
スラッと音を立てて鞘から出た刀身。それは仄かな星明かりを反射して、まるで水鏡の様に美しい。
ジャリ…
そして足音が梨乃の前で止まった刹那ーーーー。
「はあぁぁぁぁっ!!」
梨乃は獅子の如く吠え、足音の正体に斬りかかった。
人物は余りにも突然過ぎる奇襲に驚いたのか、腰刀を抜くこともしない。ただ彼女を見下ろすだけだ。
「やあっ!」
隙あり、と言わんばかりに梨乃は刀を振り下ろした。
ーーーー筈だったのだが。
「きゃっ!?」
刀と共に振り上げた腕を両腕とも掴まれ、刀は彼女の手を滑り落ちる。
カシャン、と白刃が地面に叩きつけられたと同時に、人物のもう片方の手によって、梨乃は人物の胸に引き寄せられてしまった。
「離してっ!!」
何とか身を捩らせて抗うも、腕は両方とも拘束されて使えず、背中に回された手も思いの外力が強くて抜けられない。
人物は物も言わずにただ梨乃を拘束するだけ。
暗闇で相手の顔が見えないなか、梨乃は人物の着物の匂いに疑問を抱いた。
ーーーー微かな香木の移り香ーーーー。
嗅ぎなれた匂い。
「…!!」
まさか、と思い梨乃が人物の顔を見上げると
「いきなり屯所を抜け出した挙げ句に辻斬りの真似事か?梨乃さんよ」
ーーーーー鬼の形相の、土方がいた。
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