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「ひっ…!」
今度は別の意味で小さな悲鳴を上げた梨乃。
「おいおい、その反応は酷じゃねえか?」
口調は優しいが顔は笑ってもおらず、眉間の皺はこれでもかと言うほど深い。
梨乃は掴まれた腕を振り払い、土方の方を向いたまま後退りした。が、
「きゃ!?」
背後にいた誰かにぶつかり、その衝撃で肩を掴まれてしまう。
「申し訳ありません。“逃がすな”という副長のご命令ですので」
……松原は至極笑顔で梨乃の顔を覗き込む。その笑顔が、悪魔の微笑みに見えてならない梨乃。
「か、刀…!刀取りたいの……!だから、離して?」
何としてでも拘束を解いてもらいたい梨乃。先程刀を土方にはねられたのを理由に、何とか離してもらおうと松原に言う。
「ああ、刀ですか。それなら、はい」
………だが松原は事前に拾ったのか、これまた笑顔で梨乃の鞘に刀を収めた。
「えっ……あぁ…ありがとう」
しくじった、と心の中で地団駄を踏む梨乃。悔しそうに鞘に収まった刀を見る。
もう逃げも隠れも出来ない状況。あのとき逃げれば良かった、と後悔する梨乃を尻目に、土方は壬生への帰路を歩き始めた。
「さ、水原さんも、屯所に帰りましょうか」
松原は懐から取り出した襷で梨乃の両手を縛り、土方の後ろを付いていく。
まるで罪人の様な扱いに、梨乃は思わず叫んだ。
「ま、待ってよ!!なんで縛る必要があるの!?」
一応梨乃は松原に問うたつもり。
だが、その問いに答えたのは土方。
「……てめぇは縛りでもしとかねえと逃げるだろうが」
「……」
正に正論。梨乃はぐうの音も出ず、忌々しそうに土方の背中を睨む。
本音を言えば今すぐ土方を殴り倒したいところだが、生憎手首は縛られて、挙げ句襷の先端は松原が持っている。
つまり、松原が襷を離さない限り、梨乃も自由には動けないのだ。
「……歳三の、バーカ」
「副長が一番心配しておられたのです。さぁ、少し急ぎましょうか」
ーーーー結局梨乃は、一刻もしない内に捕まったのであった。
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