方舟に乗るは

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伊東甲子太郎。 眉目秀麗、頭脳明晰、おまけに剣の腕も立つという正に絵に描いたような人物。 彼は北辰一刀流の道場を営んでおり、藤堂とは同門だった。 そんな彼の前には今、頭を下げる藤堂がいる。 「伊東先生、お願い致します!」 額が擦れるのでは、と思うほどに勢いのある藤堂。 伊東は流麗な瞳を柔らかく細め、茶を啜った。 「君達新選組に入り、共に誠を掲げるのもまた一理、なのだが…」 生憎道場は簡単に捨てられなくてね、と伊東は仄かに笑う。 ………というのは、今回新入隊士を集うという近藤の思惑で、前々からその人柄と頭脳で目を付けられていた伊東。 とうとう踏み切った新選組は、藤堂を使いに寄越し、何とか伊東を新選組に入れようとしているのだが…。 「しかも、藤堂君。僕には大事な友もいる。そう易々と受け入れられる願いではないのだよ」 だが伊東とて簡単に折れる訳では無い。 勿論彼の友やら道場やらは言い訳にしか過ぎず、本当は伊東はこの“駆け引き”を楽しんでいた。 ーーーー新選組が、どれ程自分を必要としているのかーーーー。 藤堂の様子を見れば今新選組がかなり行き詰まっている事は一目瞭然。 伊東にはただならぬ状況なのだと直ぐに察知できた。 しかし面白く無い。 行き詰まっているのなら、なぜ彼の元に直接局長自身が訪ねて来ないのか。 伊東はそれだけが気に食わなかった。 ……故に、局長の顔を拝むまで彼が折れるつもりは、無い。
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