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遅れてやってきた人影が、事務所のドアの前に立つ。
一度。二度。三度。
ドアノブこそ回るものの、当たり前ながら鍵のかかったドアが開くことはない。
吐きそうだ。今にも漏らしてしまいそう。
永遠にも思われた数秒。諦めたのか、ここにはいないと思ってくれたのかはわからない。幾度目かの試行の後、二つの影は、大きな舌打ちの音とともに、何処か向こうへと遠ざかっていった。
そうして。それから何分経ったのか。はたまた時間などたっていないのか。大きく、しかし、あくまで音を立てないで、私はようやく息をついた。
「あはは。はっははは……」
安堵感からか、口から小さな笑い声が漏れた。いまだ、震えは止まらない。限界を超えた体に力は入らない。この足で街に戻るのは無理だろう。朝まで待って、それから警察を呼ぶしか――――、
「――――やあ。ここまで、よく走ったね」
心臓が跳ね上がる。足がもつれて、背中から倒れこんだ。見上げた先に男の姿がひとつ。月の光に照らされた男の顔は、意外にも見知った学園の生徒であった。
「静谷、君……?」
男が、ニヤリと口端を釣り上げた。話したことは、たぶんそんなになかったと思う。下の名前は思い出せない。いつも窓際で本を読んでいて、静かに休み時間を過ごしているタイプのクラスメイト。確か選択科目がいくつか隣だった記憶があるものの、その程度の印象しかない。
彼の総評などどうでもいい。私は今、混乱している。頭にはまとまらない疑問がよぎり続けている。何故、ここに彼がいるのか。そもそも、どうやってここに入った。いや、それよりも。何故私がここまで、走って逃げてきたことを、そもそも彼は知っているのか――――。
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