いつか どこか だれか

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 カチカチと、どこかで鳴る音を私は人ごとのように聞いていた。虫の顎の打ち鳴らす音、虫の殻がこすれて出る音、恐怖に震える歯の音。  目の前に悪夢のような怪物がいる。夢見た怪獣ではなく、自分とそう姿の変わらない人間だったことに、心底残念な気持ちでしかなかったが。そう。こんなことをぼんやりと思うほど、どこかで冷静になってしまう自分がいた。体ではなく、心が死んでいる。  これから起こる何ものかは、これから死ぬまでの幸せを全て黒塗りにしてしまうほど、きっと不幸なことなのだから―――――。  『――――あのね。そういう独り善がりは、女の子が一番嫌うものよ』  バクン、と。まるで空間自体に飲み込まれたかのように、男の背後にいたムカデの化け物は、その姿を私の視界から消失させた。  男が、まるで糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。  突然、すべてを諦めた私の前に起った何かを理解することはできるはずがなく、クスクスと笑うそれに、私は腰を抜かしたまま、ただ動けずにいた。  「あらあら。粗相しちゃって。そんなに怖かった? ごめんね、助けなくって。空間能力者は珍しいから期待して追ってたんだけど、見失っちゃって。まあでも、女の子を怖がらせる性癖持ちなんて、迷うことなく落第よ落第。いらないから殺しちゃった」    クスクスと、心底おかしいものでも見たように女が笑った。  ――――死神だ。死神が目の前にいる。美し過ぎるものは恐ろしいのだと生まれて初めて知った。死んだはずの心が跳ね起きる。まるで精緻を極めた芸術を見ているようだ。生きた心地がしない。自身はもう死んだのだと勘違いするほど、その姿から目が離せない。揺れるぬばたまの黒髪は闇より暗く、まるで全てがその色だと錯覚するほどにその色を感じさせる。 「あなたは、悪い人ですか」  どうしてそんな言葉が出たのはわからなかった。お礼を言わねば。無礼をしては存在ごと食い殺される。そう思って必死で開いた口だった。死神は少しきょとんとした後、もっとも美しい思い出すら霞む優しい顔で微笑んだ。 「大正解。そうよ。私は、とてもとても悪い魔女よ。お嬢さん」    
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