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――――姉の話をしよう。
もう、何年も会っていない。
姉と過ごした日々はあまりに強烈で、日に焼けたフィルムのように、眩しすぎて色褪せてしまった記憶の風景となってしまった。
誰からも"良き"という言葉を頭に着けられて語られた姉。多くの人から良き娘であり、 良き友人であり、良き学生と称された。自分も、確かに弟として彼女は誇らしかったし、姉からはずいぶんと可愛がってもらえたものだ。
世間から見ても、確かに彼女は"良き姉"と語られるべきものだったと思う。
しかし、俺の口からその言葉が出ることはない。
俺にとって姉とは世界の外れ物で ――― どうしようもないほど悪だった。
「弟よ。私は世界を征服する!」
姉は口癖のように、よくそんな風なことを言っていた。
おそらく、誰もが笑って流していたと思う。才ある若者の、一時期誰にだってある思春期特有の病気だと両親も呆れたように笑っていた。しかし、俺にとっての姉さんは、そんな当たり前の人物とは到底思えなかった。
――――告白するならば、俺は我が実の姉を"魔女"だと思っていた。
姉と俺とはずいぶん年が離れていた。
俺が小学生も半ばのころ、姉はもう中学生で。
そんな姉が、俺にとってはずいぶん大人のように見えていたし、事実そうだったのかもしれない。だけどあまりに無邪気な彼女は、年齢に関係なく、多くのちびっ子たちに慕われていた。
リビングで、俺の部屋で、あるいはよく遊んでいた公園で。事あるごとに姉は周囲に自身の世界征服論を展開した。あまりに荒唐無稽で、子供らしい夢物語。親は「そうか。頑張れ」なんてバカにしたように笑っていたけれど、俺は全然笑えなかった。
"こいつならやりかねない"
何処から来たのかわからない確信が、いつも俺の胸の内にはあった。
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