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血の滴るような赤い月は、薄い雲の向こうから下界の景色を照らしている。
窓から漏れる光はもはやひとつも無く、だが闇に溶ける漆黒のカラスも姿を隠せぬ今夜。
だから、女性の透き通るような断末魔はレンガの隙間に染み入るように街中へと響き渡った。
首筋から吹き出した血飛沫が薄汚れたドレスを鮮やかに染め、女は糸の切れた操り人形のように力無く崩れる。
所々不自然に擦り切れちぎれボロ布のようになった黒のスーツでは、紳士的な雰囲気は出せずに男の狂気も隠せない。男は獣匂のする息を荒く吐きながら、歩みを止めた。なぜならここが目的地だったのだから。
住み慣れた街から少し離れた路地。幾人もが踏み締め削られた道に頬を寄せ、虚ろな瞳で首から赤を垂れ流す彼女を見下ろし、男は心底楽しそうに笑う。勝利を確信し、笑う。
狂ったように、笑う。笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う笑う……
「……もう鬼ごっこは終わりか?」
男は笑うのをやめずに、振り返った。そして真っ赤に染まった瞳に次の獲物の存在を確認し、黄ばんだ犬歯を覗かせる。右手に握られた歪な形状のナイフは滴るはずの血を吸い込み、怪しく輝いていた。
声の主である少女は銀糸のような長髪を湿気をはらんだ風に遊ばせながら、深緑の瞳でただ真っすぐにそれを見つめている。その瞳に恐れはない。なぜなら狩られるのは彼の方だと彼女は知っているのだから。
「あぁ……また…………」
明るい闇夜から滲み出るように少女の後ろから現れた少年は、歳相応に整った顔を苦虫を噛み締めるように歪め不快の声を漏らした。
耳障りな、甲高い笑い声に耐え切れなかったのか、はたまた腐敗し始めた死臭に耐えかねたのか、カラスが数羽鳴き声を残し飛び去った。
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