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男の後ろにはまだ逃げ道が残っている。銀糸の少女はともかく、その後ろに控えている黒髪の少年がついでに殺した女に目を奪われている今なら二人から逃げ延びることも出来るかもしれない。
だが、男は後ずさることはなかった。なぜなら此処が目指すべき場所で、そして此処以外に向かうべき場所なんてないのだから。
此処で、鬼の役は交代する。
二匹の猟犬に終われた兎が、脱兎の如く逃げ回った兎が、愚かにも獲物の巣までおびき出された猟犬を今度は兎が狩る番なのだ。
だって、
「鬼ごっことは、そういう遊びなんだからぁァああア!!」
男は吠え、それを狂気の月光が見下す。今宵の獲物は、陶器のように透明な肌をしたビスクドールに似た少女。実に彼好み。その綺麗な肌にナイフを這わせ、台なしにする。彼の異常な性癖を満たす死体人形の出来上がりだ。
「やっと観念したのか連続殺人鬼。いや、紙面ではこう騒がれてたかな……切り裂きジャック」
少年は死に神のように闇を纏い、どこまでも深い黒の瞳で男を眺める。死肉と鮮血の匂いをはらんだ風が、愛しい人のように彼等の肌に纏わり付き、包み込んだ。
男はなおも笑う。絶対的な狩猟者側である彼等は余裕を隠さない。その立場は直ぐに反転するのに。それに気づかない彼等が可笑しくて、笑う。
それに子連れの猟犬なんて、よほど奴らは人員不足らしい。それが可笑しく、面白くて笑う。
「さぁ、観念したのならおとなしく──」
捕まるんだ。と言う前に、少年は身体を半身捻りそれを交わした。
後ろから不意に突き出されたそれは、彼のお気に入りのコートを切り裂き、勢い余ってよろめきながら前に出る。
ナイフを握った女性が、上半身だけを捻り刺殺を回避した少年を血走った瞳で睨んだ。
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