10月1日

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 「意思を尊重するように言付けられていますから、優子さんの意思を尊重致します。第一、この眞野家は5千万円の遺産を手に入れなくても、十分な資産がお有りでしょう」  多一郎だけではないが、金持ちの方が金に執着しがちだ。それも成金や小金の金持ち。これが都内の一等地に家を所持しているような大金持ちだとまた話が違うらしく、金に無頓着になる。  そういったことを知っている多一郎は、自分が成金や小金持ちと侮られるのは我慢ならない。そんな打算が働いて、多一郎はそれ以上、口を挟む事はしなかった。金よりも自分の見栄を優先する性格が、今回は幸いしたと言える。それゆえに話はトントン拍子に進んだ。  「では、宜しくお願いします」  優子は多一郎の前で手続きを済ませたので、後からケチの付けようもないだろう。これで用事は済んだ、と優子は思ったが、多一郎は悔しいのか、相当顔をひきつらせながら言った。  「言っておくが、わしの遺産はやらんぞ」  優子は呆れて何も言わない。たった今、曾祖父の遺産を放棄したのに、何故祖父の遺産が欲しいと思うのか。優子には多一郎の思考が理解出来ない。  弁護士に続いて、さっさと部屋から退出しようとドアに向かって歩き出した時だった。  「試してやるから話を聞け」  上から目線の言葉が、流石に温厚な優子でも苛ついた。だが、試験には興味を引かれている。自分の実力がどの程度のものなのか知りたい、とは思っている。言い合うつもりは毛頭なく、大人しく多一郎の話を聞く事にした。  「先ずは、これを解いてもらおう。それが解けたのなら、もう1つの遺言書を見つけてみせろ」  大きく深呼吸をした優子は、渡された紙を見る。平仮名の羅列だったが、文章は意味をなさない。どうやら暗号解読という事らしい。  謎が出された。それを解く。  優子は探偵の素質があるのだ、と分かるくらい目を輝かせて嬉しそうな笑顔を浮かべて、渡された紙を食い入るように見た。  謎が在れば解かずにおれない。  まさに、探偵。この瞬間、誘拐さながらに此処に連れて来られた事も、不快な祖父も、遺産も、心配をしているだろう兄達・拓真・孝作・真緒の事さえ意識から吹っ飛んでいってしまった。  そんな優子の一挙手一投足を観察する視線を向ける多一郎さえも視界に入らない。もう既に新しいオモチャを手にしたように夢中になっていた。
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