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 幼子の泣き声が、病院の片隅でこだまする。  その泣き声は、子が親の気を引く為の泣き声などでは無く――本当に悲しくて、どうしようもない。という泣き声だった。  「優子ちゃん」  呼び掛けたのは、幼子……優子から見れば、父親のような大人の男性。父親の友人で、優子は“おじちゃん”と呼んでいた。名を大久保 利夫と言う。隣にいるのは、その妻の昌子。そして、夫妻の5人の息子達。上から甲樹・乙也・丙司・克己・晴己と言う。  幼子は名を夏未 優子。夏未夫妻の1人娘だった。この日、優子を置いて夫妻は、あの世という別世界へ旅立ってしまったのだった。  運。良く言われている言葉だが、まさに不運としか言い様の無い事故だった。居眠り運転をして、対向車線にはみ出して来たトラックを避けようとして、慌ててハンドルを切った夏未 利明がガードレールに追突してしまう……という事故だった。助手席には妻の直子が座っていた。  トラックの方は夏未夫妻の乗った車がぶつかった音で、目を覚まして事なきを得た。という皮肉な結果付きで。事故は交通量の多い道路ゆえに、トラックが対向車線からはみ出して来た証言も有ったが……。  たった1人残された優子にとって、そんな証言など何の役にも立たないものだった。  後に、警察から事情を聴かれた大久保 利夫は、夏未夫妻の行動について、こう話した。  「今日は、夏未夫婦の結婚記念日で。毎年、夫婦で恋人気分に戻って、デートしているんです。優子ちゃんが産まれてからも……。毎年、うちで優子ちゃんを預かっていて。今年も、夏未から優子ちゃんを預かってくれって言われて、夕食を終えたら、優子ちゃんを連れて帰るという話でした」  事情聴取をしていた刑事も僅かながらに、痛ましそうな表情を浮かべた。まだ3歳の娘を残して逝った夫妻の無念を思ったのだろうか。  祖父母や親戚が居ない夫妻ゆえに、葬式の手配は大久保夫妻が行い、優子も夫妻が引き取る、と警察に話したのだった。  ――かれこれ、15年前の話になる。
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