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優子が誘拐された。その一報が甲樹の元に届いた時、こんなに早く……という思いが過った。
優子の両親の事情について、甲樹を含めた5人兄弟と優子が聞いたのは、両親が渡米する直前の事だった。
優子の父・夏未 利明は、学生時代に両親を病で相次いで亡くし、親戚も縁が薄かった。母・直子は、地方の名士の娘で、明治以降からその土地に暮らす、所謂旧家の出……らしい。2人の出会いは、同じ大学の学部だった事だが。打ち解けて想い合うようになっても、直子の家族の反対が有った。無理やりお見合いをさせられそうになった時、直子は利明の元に転がり込んだ。押し掛け女房になったのだ。
世間体が気になる直子の実家は、そんな直子に怒って勘当した。勘当された直子は、晴れて利明と結婚して、夫妻は小さな幸せを積み重ね始めて行った。
大久保 利夫は、利明の一番の友人だったから、妻の直子の事も良く知っていた。利夫から見た利明は、頭の回転が早く、皆から慕われる程の優しい男だったが、恋愛に関しては奥手で有った。男女の間柄については、古い考えの持ち主で、婚前旅行も婚前交渉もNOという考え方だった。
そんな古くさい考え方と、実行する誠実さが直子の目に止まった。直子に寄る積極的なアプローチの末、ようやく心が動かされた利明が付き合い始めた。
とはいえ、最初はお付き合いの報告を済ませてから、付き合うつもりだったらしい。それを直子が押し止めて、うやむやにした。なぜなら、直子は家族に反対される事を承知していたからだ。
そもそも、直子は進学も親の意向に逆らったし、いつかは見た事の無い男との結婚を強いるだろう家族の元を飛び出したかった。大学進学は、言わば直子自身の冒険と、未来を切り開く為のツールだった。
そうして直子は、初めて自分で、伴侶を見つけた――。それが利明だったのだ。
大人しそうな外見に、噂になる自分の家庭。それに群がる直子へのへつらいや羨望……。その全てが無い男こそ、利明。
利夫は直子に言った事が有る。
「利明を選ぶなんて、見る目有るよ」
家族の反対を押し切ったじゃじゃ馬娘は、人なつこい笑みを浮かべて、そう思うわ。と言ったものだった。
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