10月1日

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 「今日は、依頼も無いから彼女が休みを取って、木場真緒嬢と出かける話をして来たので、構わない、と許可したんだ」  拓真は、優子が事務所に来てからの事を話し始めた。  「俺は、彼女が親父と出会った事件について知りたい、と言って、木場真緒嬢が来るまでの間、中学時代の事件の話を聞かせてもらっていた」  甲樹達は、3年前の一件を思い出した。黙って話の続きを待つ。  「話が終わった頃、木場真緒嬢がやって来たから、ゆっくりするように告げて送り出した。それから直ぐに、真緒嬢が血相を変えて戻って来た。落ち着いて話すように促した所……彼女が拐われたらしい、と言った」  真緒と優子が大通りに出るまでの間に、優子が忘れ物に気付いた。その忘れ物を取りに戻ろうと、事務所に歩き出したら、高級車らしき黒い車がスピードを上げて、近付いて来た、ということだった。  「真緒嬢は、不審に思ったようだ。こんな狭い道路に似つかわしくない、高級車が通るなど。ただ、真緒嬢は車種に詳しくなく、黒い色だった、ということしか解らなかったらしい。彼女が車を避けようとしたのを見て、真緒嬢も避けようとした。短い間だったが、真緒嬢は彼女から視線を外した。その直後、彼女の短い悲鳴が聞こえ、ドアが閉まる音が聞こえた。真緒嬢は、ハッとして、彼女を見たが、車がスピードを上げて来たので、轢かれる! と思い、もう一度避けた。スレスレで通った車のナンバーも見えなければ、窓もスモークが有って見えなかった、と。その後、真緒嬢が辺りを見回すと、彼女の靴が片方だけ落ちていて、彼女の姿は無かった。拐われたかもしれない、とは思ったが、俄に信じ難く、真緒嬢はこの事務所に慌てて飛び込んで来た。しかし、彼女の姿はやはり無くて……。今に至る」  5人兄弟に、もう一度詳しく、最初から最後まで話すと、拓真は握りこぶしを作り、机を叩いた。  「彼女が忘れた物は、彼女の机の上に有った、事務所の鍵だと思う。真緒嬢は何を忘れたか、知らないと言っていたが、彼女はいつも鍵を持ち帰っているから」  それから、思い出したように、まさしく優子が取りに戻ろうとしていた事務所の鍵を見せながら、拓真は付け足した。  「優子なら、そうかもしれない」  甲樹がそう呟くと、鍵を貰い受けた。忘れ物など滅多に無いが、気付けば、後回しに出来ない性分の優子なのだから。
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