演奏の準備 reencuentroー最後の日常ー

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他の大学ではあったのかどうかは分からないが、僕の行く大学には大学新聞というのがある。   それは、大学に関する情報から大学周辺の情報を文化部である新聞サークルが月一で発行している新聞で、内容を見てみると、世間一般で売られている新聞とその品質はなんら見劣りしない出来映えだった。   僕も最新号が発行されると、よく手に入れてその日の内に読む。別にこれといって好きなコラムや気に入った記者が書いた記事があるから、といった訳ではなく、ただ単に一人暮らしだった僕は、アパートの家賃や生活費を確保するために新聞を取るほど金が無かった――だから、情報の幅は狭いが無料で手に入る大学新聞はとにかく金の無かった僕にとって勉強以外で読める唯一の活字ものだった。   その日も僕は、最新号が出たと聞いて、大学に来てから真っ先に取りに行った。   生憎、少しばかり寝坊してしまった僕は、新聞を取った後、読む暇も無かったので、真っ先に教室へ向かっていた。   一時限目の講義は、木暮紀嘉教授の犯罪心理学であった。   朝九時から、心理学をやるというのはどうにもおかしいと僕は思った。   頭がまだ働かない時に人の心理を読むよりも、まず自身の眠気を覚ます方に集中してしまうだろう。   だから、その日も、最初の十分ほどは重い瞼との格闘だった。   僕だけではなく、僕以外の生徒達もそうだっただろう。それ以外にも集中してノートにシャーペンやボールペンをカリカリと進めている生徒達もいた。   相変わらず熱心だなと、感心していると、説明途中で教授はいつもまるで生徒達の心を見透かしたかのように注意してくるのだ。 「おい! ぼけーっとしているお前!」   教授が指を指しているのはどうやら僕のようだった。 「えっ? ぼ……僕ですか?」   大学時代、そしてこれからも……かもしれないが、ずっと自分の一人称は「僕」で通していた。例外としては思春期だった頃は、時たま「俺」になることもあったようだが、基本僕は「僕」で通っている。   まあ、そんな話は置いといて、教授は僕に指さしていた。   よほど不機嫌な顔をしているのが分かる。自分の講義を途中で僕があまり集中していないことによって講義を遮られたことが、教授にとってよほどの怒りを与えてしまったのだろう。
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