演奏の準備 reencuentroー最後の日常ー

8/34
前へ
/34ページ
次へ
僕の隣で大学の日替わり定食を頼んだ女子は、赤木夏美という。一時限目で僕が、真剣に講義に取り組んでいる生徒を眺めていたが、それが彼女なのだ。 相変わらずのショートヘアーで凛々しい顔立ちだった。遠くから見れば男子と間違えそうである。男子を象徴しているのか、服装も少し男性よりの服を着ていた。 「おっ、今日はまた一段と豪勢じゃないか」 金城が僕に対する文句を言う傍ら、赤木に向かってそう言った。 「日替わりが余ったから食堂のおばちゃんがサービスで多めに盛ってくれたのよ。全く、あたしはこんなに食べられないのに、『食べないと成長しないわよ!』ってニコニコ笑いながら盛っていくからもう断れなくて」 まあ、それがおばちゃんパワーだからなあ――と金城は結論づける。 「それで、成長しないって一体どこかなぁ~? お兄さん気になっちゃうなあ~」 と、目を細めてわざとらしく視線を赤木の胸に寄せた。完全にセクハラ行為だ。   僕は、それを見て、はっ、と思い出したことがあった。   そう……ここで金城は禁忌を犯したのだ。   まずい! それはタブーだ! 今すぐ撤回しろ!   と、心の中で僕は金城に何度も訴えかけた。だが、それも空しく届かず――。   つまり、すでに手遅れだったのだ。   赤木は微笑みながら、僕が一応取っておいた未使用の銀のナイフを手にとってそれを勢いよく、金城の丼に入っている海老に突き刺した。キィン! という金属と陶器が激しくぶつかった音が鳴り響いた。そしてその直後に海老は見事に真っ二つになっていた。 それを見て金城はおろか僕も一瞬鳥肌が立った。   ひっ、と金城は小さい声を上げた。   赤木は、そのまま喋る。 「……あんたの大事な部分をこういう風に……シテヤロウカ?」   金城は、その光景を見てぶるぶると震えている。   赤木をよく見ると、おでこの横の辺りに青筋が立っているように見えた。   まずい、これは本気で怒っている。   僕は、目をそらそうとした。だが、何故かそらしたら僕の命が危ういのでは、と僕の第六感が過激なほどに訴えかけていた。   僕の横で赤木は、以前として喋り続けていた。 「そうよねえ……いいかもしれないわねえ……。去勢するところなんて滅多に見られないし……。ああ、確か神話でウラノスって息子に去勢されて、その血や泡からアフロディーテとか生まれたんだったっけ?」  
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加