演奏の準備 reencuentroー最後の日常ー

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赤木は何故かギリシャ神話の天空神の話を持ちかけて、 「じゃあ、試してみましょうか?もしかしたら何か生まれるかもしれないワヨ……」   と、ナイフを握る手がさっきまでと比べてやけに強くなっていった。ぎりぎりと赤木の手が震えている。かなりの力で握っているのがよく分かる。   金城もそれを見て自身の愚かな行為に反省したのか、それとも殺されたくないと必死だったのか、 「すみませんでした。どうか我が愚行をお許しください」   と、頭を下げた。   金城はかなり冷や汗を掻いていた。もしかしたら――否、もしかしなくても赤木は感情的に怒ると本当にやりかねない性格の持ち主だ。   特に胸のことは絶対タブーだ。それについて決して追求、そして示唆してはいけないというのが僕達の中の暗黙のルールの一つだった。   というのも、赤木は本当に胸が無かった。恐らくカップでいうならBにもいかないほどの絶壁――否、まな板……塗り壁……もうどう表現したらいいか僕にも分からない。   初めて出会った時、金城が巫山戯てそれを指摘したら、今回と同じような展開に陥ったのだ。   その時の赤木は、まるで大魔神のような顔をしていた。   今でこそ大魔神から阿修羅にレベルが下がったが(下がったというより、上がってしまったといった方がいいかもしれない)当時も、そして現在の赤木は本当に怖かった。それは金城を心的外傷を残してしまうほどに。   男っぽい姿をしているのに、胸を気にするというよく分からない赤木だが、兎にも角にも、胸に関することは赤木に絶対言ってはならないのだ。   それでも、金城は時たま赤木に胸のことを示唆するからよく分からない。   これも一種のコミュニケーションなのかも知れないが、だが僕から見れば地雷原を喜びながら走っているようなものだ。   そして、阿修羅の顔に変化していった赤木は立ち上がって、頭を下げる金城を見下すような目で言った。 「許すわけねーだろ。土下座してあたしの靴なめて、『申し訳ありませんでした、夏美様』って言え」   赤木は、自分が命令したことを他人がやらないと本気でまずいことになる。どれほどのものか、と言えば、口に出すのも憚られる。   有り体に言えば、赤木の命令を無視――すなわち死を意味すると思ってくれていい。  
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