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カラン……
力無く床へと吸い込まれていった一つの金属音。
ほんの先程───美夜が放ったクナイは、迷い無く心の蔵へと進んでいくはずだった。けれど、流石と言うべきか、吉田の刀によって弾かれたクナイ。
尋常じゃない反射神経である。凡人じゃ反応すら出来なかっただろう速さのクナイを簡単に防いでしまったのだから。
美夜にとって、それは最大のチャンスを失うということだった。抑えきれない苛立ちに、もう一度舌を打つ。
「大人しく死んでよ、栄太郎」
可愛らしい拗ねたような口振りとは裏腹に、彼女の瞳は狂気と憎悪しか映っていなかった。おまけに冷徹な笑みまで。
喉の奥が乾き張り付く感覚。刀を手にした右手には自然と力が籠り、汗ばんでいた。吉田は思わず乾いた笑みを漏らす。
「ははっ、やっぱり君は───」
見据えた瞳の先には、あの頃よりも大人びた愛しい人。亜麻色の柔らかい髪も、病的に白い陶器のような滑らかな肌も、形の良い桃色の唇も、愛らしいパッチリとした大きな瞳も、何もかも。
そんなに、変わってはいないはずなのに。
吉田には、美夜が別人に見えた。
無邪気な笑顔は消え、変わりにあるのは冷徹な笑みの下に隠された狂気。希望を宿し輝いていた瞳も、何も映さなくなり。纏う雰囲気だって、酷く冷たいものになって。
もう、彼女は吉田が知っていた頃の彼女ではなかった。
(……いや、当たり前か。彼女を変えたのは僕達、だったね)
目を瞑り自虐的な笑みを浮かべると、吉田はもう一度目の前にいる美夜へと視線を向ける。
「僕達を、殺すつもりなんだね」
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