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吉田の言葉に、美夜はただ笑った。肯定と捉えたらしい吉田は、刀の柄に力を込める。
「……美夜、聞いてくれ」
「貴方から聞くことなんて何もないわ」
クナイを構えた美夜を、吉田は悲痛な面持ちで見つめる。
(……ここまで彼女を追い詰めたのは、僕達だ)
その手で何人殺めてきた?その目は何人の最期を見てきた?その体は何人の血を浴びてきた?
あの人が、先生が守ろうとした彼女を自分達は───汚してしまった。
「美夜……ごめん」
「……それは何に対しての謝罪かしら?」
「……」
「まぁ別に良いけど。私が欲しいのは謝罪の言葉なんかじゃなくて、貴方達の命だもの」
少しだけ目を細めると、美夜は視線を吉田から隣にある庭へと───正確に言えば、そこから見える夜空へと移した。
吉田も釣られるように空へと視線を移せば、目に映ったのは確かな輝きを放ちながらも、欠けている不完全な月。
「まるで、私みたいじゃない?あの月」
吉田は内心ドキリとした。吉田自身、同じことを考えていたからだ。
一瞬心を読まれたかと思ったが、どうやら違うらしい。
「不完全な、夜に輝くことしか出来ない月」
穢れてるわね、と美夜は自虐的に笑い言葉を続けた。
彼女の目には、あの月は穢れて映っているのだろう。微かな赤を宿している、あの月が。
「───興醒めね。
どうせ晋作や小五郎達も来てるのでしょう?」
此処で問題を起こし、長州と壬生浪士組とで全面戦争なんかにでもなれば、面倒極まりない。
(それに───)
美夜の脳裏を過ったのは、沖田だった。
(あの人を……危険に遭わせたくない、なんてらしくないかしら)
もう一度自虐的な笑みを溢すと、美夜は吉田を見つめた。交わった視線からは何も感じられない。
「次に会うときは、紅い月の時ね。あの日のような、ね」
そこまで言うと、身を翻し足早にその場を去っていく美夜。
吉田は彼女を引き留めたかった。だが、何て声を掛ければ良いのか彼にはわからなかったのだ。彼女を傷付けたのは紛れもなく自分達。ならば、引き留める資格なんかないのではないか。
そんな思いが吉田を留まらさせた。
「───くそっ」
ドンッ、と壁を思い切り拳で殴る。勢い任せに殴った為に、手からは鈍い痛みとともに赤く腫れていた。
既に見えなくなった背を思い浮かべながら、吉田はもう一度月を見上げたのだった。
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