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「……芹沢さん、少し悪酔いしすぎですよ。気を付けてください」
「あぁ。……悪かったな」
芹沢が素直に謝ったことに、美夜は微かな引っ掛かりを覚えた。だが、今は目の前の現状を何とかしなければならない。
深く考えることもせず、美夜は目前で泣き崩れている女へと手を差し出した。
「大丈夫ですか?貴女……名前は?」
優しい声を意識して声を掛ければ、女は泣きじゃくりながらも小さく「……小寅」と答える。
「そうですか。すみません、怖い想いをさせてしまいましたね。
此所はもう良いですから、どうぞ戻って休んでください。───他の遊女さんも」
辺りを見回せば、他の遊女も恐怖で身が竦んでいる者が大半だった。このままでは空気が悪くなるばかり。ならば戻らせるべきだろうと踏んだのだ。
美夜は小寅の背を抱いて部屋の出口まで向かうと、小寅を他の遊女に任せる。そしてこの部屋にいた遊女全員が出ていくのを見送ると、襖を閉めた。
「……さて。少しお話でもしましょうか?」
───幸いにも、今この場に居るのは幹部達だけ。最初は平隊士達とも同じ部屋で飲んでいたのだが、どうやら美夜が出ていった直ぐ後に芹沢が悪酔いをし暴れ始めた為、平隊士に害が及ぶと判断し屯所へと帰したらしい。
我を失い感情に任せて“美夜”として芹沢に接してしまった自分を見られなくて良かった、と思う。
幹部ならまだしも平隊士全員に見られてしまえば、新撰組を出ていかなくてはならないだろうから。
「聞きたいことがあるでしょう?」
にっこり。美夜はいつもの笑顔で笑った。
その笑顔に、思わず何も言えなくなってしまう。何故だか恐怖を感じたからだ。それと同時に、混乱しているからというのもあるが。
「……ないんですか?」
何も答えない幹部達に、美夜はムッと頬を膨らました。折角聞きたいことがあるなら教えるつもりでいたのに、と。
「では儂が聞こう」
そう言ったのは芹沢だった。美夜は芹沢を一瞥すると、何ですか?と素っ気なく答える。
芹沢は美夜の態度に、思わず喉を鳴らして笑った。
「今日は随分と機嫌が悪いようだが、何があった?」
「……誰のせいだと思ってるんですか?」
「勿論儂のせいでもある。だが、それ以上に何かあっただろう。
いつものお主なら、見ず知らずの遊女に対してあそこまでするわけがない。冷静さに欠けていた。
何があった?」
「……」
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