狐の噂

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「ちっ……、遅かったか」  十月。  浅葱色の羽織を秋の冷たい風に靡かせながら、男は忌々しげに言葉を吐き出した。  漆黒の長い髪に、切れ長の瞳。整った顔立ちのその男は、俗にいう美丈夫というやつだ。  ……しかし、眉間に寄った皺と、今にも人を殺してしまいそうな恐ろしい気迫のせいで、台無しである。それすらも含め魅力だと呼ぶ者は、そう多くはないだろう。  この男の名は、土方歳三。  壬生浪士組の“鬼の副長”として、恐れられている男だ。 「これも、白狐の仕業ですかね?」  此方も土方に引けを取らない美丈夫。  栗色の艶やかな髪に、中性的な美しい顔立ちをした男。名を、沖田総司。  壬生浪士組で一・二を争う腕前の剣豪である。  土方と沖田の目の前には、無惨な死を迎えた人であったものが三つ。  どれも故意的なものだと簡単に判断できるほどに、それは残酷なものだった。  独特の死を呼ぶ香りと、噎せかえるような鮮血は、まるで─── 「地獄絵図、だな」  土方は小さく呟き、溜め息を吐いた。 「今月だけで八人目……、さっさと捕まえねぇといけねぇな」 「そうですね、白狐と手合わせしてみたいです!」  嬉々とした表情で的外れな答えを返す部下に、土方は先程よりも重い溜め息を漏らして頭を抱える。 心なしか頭痛もしてきた。 (こいつの頭ん中は、戦うことしかねぇのか……?)    いつもいつも、口を開けば戦いたいだの何だのと。普段稽古なんてサボるくせに、実践となれば話は違う。  土方は沖田の行く末を想像するだけで、目眩がするくらいに不安になった。   しかし、剣の腕だけは確かだ。沖田は、強い。  天才剣士とは名だけではないらしい。  
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