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「怖いわぁ。そない睨まんといて?」
「……お前、女か」
土方は眉を顰め、探るような鋭い視線を白狐に向けた。
その視線をすり抜けるように、彼女はわざとらしく肩を竦め、着物の裾で口元を隠しながら笑う。その姿は妖艷で、見下すような───そう。何処かの御伽噺に出てくる女狐そのものだった。
「折角の美形が台無しやよ?」
その余裕そうな態度は、土方を一層苛つかせた。反射的に腰元の愛刀へと手が伸びる──が、それよりも一足先に刀を抜いた者が、一人。
「へぇ、女子だったんですね、貴女。お手合わせお願い出来ますか?」
「……おい、総司!勝手な真似は慎め!」
土方の制する声など、今の沖田には届かない。
人懐こい笑みの中に隠れた狂気と、冷酷な一面を携えたまま、沖田は白狐に向けて切っ先を向けた。
「嫌や。うちはあんたらと戦うつもりはあらへん」
「……あれだけの人を殺めておいて、今更怖気付いたんですか?」
「ふふっ、まさか。
うちは無意味に人を殺めたりはせぇへんだけや。殺す人間は選ばな。目には目を、歯には歯を……どっかの神様やらの教えやったっけなぁ」
───あぁ、聖書の一節やったっけ。
ポツリと白狐は言葉を漏らした。今のこの国では聞きなれないその言葉は、土方と沖田には届かず消える。
「……罪?」
土方の疑問に白狐はあえて答えない。答える義務がないと判断したからだ。
(白狐は、なんの事を言ってるんだ?そしてこいつは、一体何を知っている……?)
白狐の被害にあった者は、善良な市民だったように思える。そう、表向きは。
裏の裏、そのまた裏では───隠されたもう一つの顔があることを、土方は知らなかった。
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