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「浮かない顔だな。もっと喜んだらどうだ?目の前に君の大ファンの〔伊東京一郎〕が居るんだぞ」と伊東は言った。
その口元は馬鹿にしているようにニヤけている。
「一度会ってみたいと思ってましたが…こんな男だとは思っていませんでした。もう二度と僕の前に現れないで下さい。後、父さんにも近付かないで下さい」
「ほぉ。私のファンをやめるのか」
「やめたらいけないんですか?ガキに言い寄られるのは嫌いなんでしょ」
秀は孝平に持たされた和菓子の入った紙袋を乱暴に机の上に置くと、書斎を出ようとした。
だが、床の上に散らばっていた本に気付かず、盛大に躓いてしまう。
彼が転倒した先には、如何にも高価そうな壺が飾られていた。
―――耳をつんざくような割れた音が響く。俯けに転んだ秀は、自分のしてしまったことを考えて泣きたくなった。
「君は私に恨みでもあるのか?その壺、いくらしたと思っている?」
伊東の冷静な声に、逆に恐怖が増した。「いくら…ですか」立ち上がって、恐る恐る訊く。
「4659万円だ」
その答えに、秀は目眩を覚えた。弁償等中学2年生の彼に出来る筈もない。
「嘘……ですよね」
「嘘な訳あるか。どうしてくれるんだ秀君」
どうすることも出来ない。俯いて黙り込む秀に対し、伊東は怪しく笑って低い声で言った。
「そうだ、いいことを教えてやろう」
立ち上がって、秀の目の前までゆっくりと足を運ぶ。
細く長い指で彼の顎を掴むと、上向かせて続きを言った。
「私の助手をしろ。そうすれば弁償は免除にしてやる」
秀には、目を細めて笑っている伊東の意図が全く解らなかった。まるで嘲笑しているかのような、楽しんでいるかのような笑みだ。
「助手…?僕に出来るようなことがあるんですか?」
「ああ、心配する必要は無い。只の雑用だ」
秀の戸惑う表情を見て、伊東は楽しんでいた。彼はどうせ、この条件を飲む。嫌いで仕方の無い男の支配下になる。
「嫌なら今すぐ弁償してくれ。4659万だ」
伊東の言葉に、秀は彼を強く睨んだ。それでも、伊東の口元は吊り上がった状態のままで、一向に崩れようとしない。
自分より立場が下の者を脅し、見下し、服従させる。
その瞬間の彼等の一つ一つの表情が、伊東を愉快にさせるのである。
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