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喉の渇きを覚えた秀は、ゆっくりと上体を起こし壁に掛けてある時計を見た。あれから3時間経っている。
部屋を出て、今にも抜け落ちそうな床板を歩き、台所へと向かう。
食器棚からガラス製のコップを取り出し、水道の蛇口を捻る。充分に喉を潤わしたところで部屋へ戻ろうとしたその時、
隣にある居間から近所に迷惑が掛かりそうな程の下品な笑い声が聞こえてきた。
「がっはっはっはっ!!そうか、君は面白いな。そういや、親戚から貰った和菓子があるんだ。君にも分けてやろう、ちょっと待っとれ」
「恐縮です」
秀の父、網走孝平は、知り合いや友人をすぐに家に呼び出し酒を酌み交わす。職業は作家をしているのだが、一向に売れる気配が無い。
秀も一度彼の書いた小説を読んだことがあるのだが「つまらない」の一言しか出て来なかった。
今夜はどんな客を呼んでいるのかと気になった秀は、本の少し居間を覗こうと襖に手を掛けた。
だがその瞬間、勢い良く襖が開かれ、口の周りに無精髭を生やした孝平が姿を現した。
「おぉ、秀。ちょうど良かった、お前に紹介したい人がいる」
酔っているのだろう。彼は普段は滅多に見せない笑顔で、テーブルの奥の方に正座している男を紹介した。
「お前もよく知ってる、有名推理小説家の伊東京一郎先生だ」
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