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何故ならばこの辺りには小さな木造の家しか建っておらず、500坪で3階建ての洋館を建てられるのは金持ちだけなのである。
例えば、ベストセラーとなった小説を書いた小説家等。
「さぁ、こっちだ。入れ」
命令されたような気になって秀は何か言おうとしたが、言い合いになっても疲れるだけだと思い直し、大人しく従った。
ソファーが何台も置かれているリビングを通り過ぎ、その隣にある書斎へと通される。
そこには本棚がずらりと並び、小さな机と真っ黒い一人用のソファーがあった。
伊東はそのソファーに腰掛けると、机の左側の引き出しを開ける。分厚い原稿を取り出すと、秀に手渡した。
その表紙の右端には〔赤い蝉〕と書かれている。
秀は感動したと同時に愕然とした。また、この男が伊東京一郎なのだと思うと、幻滅を感じた。
秀の空想の中では、伊東京一郎という男は〔桜井灰龍〕のように飄々としていて、それでいてかっこ好く、心優しい男だった。だが現実の伊東京一郎は似ても似つかない、毒舌で偉そうな最悪な男だ。
「どうだ、これで信じたか?」
「………ええ、信じますよ。信じるしかないでしょう」秀は本日四度目の溜め息を吐き、仕方無さそうに言った。
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