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Ⅰ罪のない戯れ
青年は太陽の消え失せたスラムを歩いていた。街灯も届かない路地裏をコツ、コツと足音を響かせて歩く。
壊れた換気扇が警告するようにガタガタと震えていた。
ふと、青年は足を止める。
「全部やったはずだが……まぁいい。出てきたらどうだ」
独り言のように気怠げに言った青年は振り返った。
脇道の影から少女が現れる。胸のあたりまである月のように輝く髪、白い肌に映える黒い瞳は長い睫毛に縁取られ、小さな唇は赤い果実のように瑞々しい。
その少女はあふれんばかりの涙を目にためて、唇を悲痛に歪ませていた。右手にはナイフが握りしめられている。
少女の口が震えるように動いた。
「…………て」
「どうした、怖じけついたか?」
「……して」
少女は伏せていた瞼と眉を押し上げて青年をキッと睨み付けた。
「返してっ」
少女はナイフを両手で持ち、胸の前に構えて青年に突進した。
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