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ぎ、ぎゃ、ぎゃ、と吸血鬼は断末魔を挙げる。烏の鳴き声のような、不吉な咆哮。経験で、もう一押しだと感じる。俺はナイフを抜くと、倒れる暇も与えず吸血鬼の喉仏を切り裂いた。最後に許された慟哭さえも自らの血に掻き消され、吸血鬼は倒れた。
「汝戒めより解き放たれん。我再び相見えることを望まんとす」
手向けの言葉と共にナイフをその頭に突き立てる。祝福を受けた刃は頭蓋骨を易々と貫き吸血鬼を殺した。ナイフを慎重に抜くと、吸血鬼が纏っていた黒い布のようなもので血を拭う。吸血鬼を狩り始めて早数年だが、未だにこの布の正体がわからない。
「やった?」
草を掻き分け恵那は姿を現した。その手には、細い体躯とは不釣り合いに大きいクロスボウが握られている。これが彼女の武器だった。吸血鬼に致命傷こそ与えられないが、追い込むのには十分だ。
「ああ」俺は骸を見下ろしながら答える。まだ始末が残っている。曾祖父が使っていたという軍用水筒をポーチから取り出すと蓋を開け、中の聖水を骸に掛ける。聖水が触れた箇所から吸血鬼の体は燃え始めた。まるで死者の魂が燃え上がったような、青白い炎。これを昔の人は鬼火と呼んだのか。だが鬼と名付けるには余りにも。
「私たちがやってることってさ。結局自分の都合で生物を殺してることなんだけどさ。でも、申し訳ないけど、この時ばかりはやっててよかったかもって思っちゃうんだよ」
余りにも綺麗だったのだ。
◇
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