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「穀雨とは言えない雨足だけど、これはこれで一興ね」 闇の向こうの主人が雨音に紛らせて言った事だった。 「ええ。春雨の緩やかな降水とは違い、何か物珍しさを感じさせてくれますね」 女が相槌を入れると、主人は憂いを込めたように返した。 「日常とは違う視点を見させてくれるのよ。雨音一つ一つが促してくれるように。特に――今日のような星降る日にはね」 間を空けて、女は切り出す。 「今日限りで止むだそうです」 そう――とだけ主人は言った。 表情は全く窺い知れない。 「ところで、あなたは何を感じたかしら?」 主人の問いに、さっきまで考えていたことが頭を過ぎる。 「地上で行われる水の循環のようだと思いました」 闇の中で主人はふふっと笑った。 「それもまた良いわね」 それだけ言って、後は押し黙る。 沈黙の間も雨は降りしきる――空の妖星を暗雲で遮りながらも。 主人が再び話し始めるまでの間、女はじっとその音に耳を澄ませていた。 「私は時の流れだと思うのよ」 大きな滴がボトッと屋根をついたかと思うと、主人がぽつりと言っていた。 主人の一言では意味が知れなかった。 「すみませんが、時の流れと言いますと?」 「時にも水にも流れはある。あなたが水の流れに見立てたのと同じよ。私はそれを時の流れに見立てた」 そうは言われても、女には全く察しがつかなかった。 それに感づいたのか、主人は補足する。 「一滴一滴を個々の人間とするわ。それが集まって世界という名の川を作る。そして、川の流れは時の流れを表してるわ。人と出会い、世界が出来、流れとして時を動かす――まるで人生のようね」 「『人生は川の如し』と言った感じですかね?」 女は自分に分かりやすく置き換えた。それに従い、主人も話を続ける。 「そうね。山の上から流れるのを忘れては駄目ね。終わりなき海には流れ込む」 「雨滴が屋根を叩くのが山に湧くこと、屋根から落ちるのが無限の海に広がること――合ってますか?」 その問いかけに、主人は一回だけ躊躇をした。沈黙の後、主人は悟った風に言う。 「そう。そして、それが人間の生と死――人生の序幕と終幕」 女が目を丸くする。そこに透かさず主人の弁解が入る。 「終わりは決して悪いことじゃないわ。限りなく広がること、それが嘆きや恨み辛みを和らげてくれる」 「あの子は今――」 女の呟きに主人はキツく言い放った。 「その話は禁止。本当に次言ったら殺すわよ」
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