8人が本棚に入れています
本棚に追加
アリスは墓をじっと見据えた。
ここに――墓標はない。
あの人の名は刻まれていない。事件後、遺書らしき紙が見つかった。そこに墓は名無しにするように書いてあった。
理由は、未だに分からない。たぶん、人には知られたくない過去があるのだろう。
墓石の表面にアリスの姿がぼんやりと写っている。金髪のツインテールに金色の眼をした顔が何となく分かる。
(墓標ぐらい書けばいいのに…… 何もないと、逆にめだつわ)
突如、え!?――と、声が上がる。アリスは違和感に気付いた。
墓石の表面が映し出しているのはアリスだけではなかった。彼女の後ろに誰かいる。
アリスは身の毛もよだつ程の殺気を感じ、とっさに後ろへ振り向く。
だが、誰かの正体は明らかに善人だった。後ろにいたのは――警官である。
(あの殺気は気のせいかしら……?)
背が高く、全体的に縦に長いという印象があった。顔は痩せこけていたが、眼が鋭いため威圧的だ。黒っぽい色をした警官服と帽子を身につけている。
「こういう者です」と、警官が警察手帳を見せてきた。
アリスは手帳の氏名をチラっと見る。
『藤井 三郎』と書かれている。
(フジイサブロウ――知らない名前だわ)
「はじめまして、何の用かしら?」アリスはとりあえず尋ねた。
彼女にはこれといって警察の世話になるようなことをした覚えがなかった――あの事件を除いては。
「台東区在住の有栖川で間違いはありませんでしょうか?」
「ええ、そうよ。」
「今日は事件の捜査です。質問をいいですか?」
物腰の穏やかな警官だ。あまり害は無さそうである。
「どうぞ、捜査協力するわ。(……早速、何かの事件に巻き込まれたようね)」
藤井がメモ帳を取り出し、喋りだした。
「今、神社に住み込みで働いている――家は境内内にある住宅ですね?」
「はい。神社で巫女してるわ」
「たしか、その神社の神主が――」
アリスは墓に目をやりながら言った。
「そこに眠ってるのが――その人よ」
藤井が墓石を見つめる。名が刻まれていない墓を疑問視していた。
墓や彼の事を訊かれるのは面倒くさい。アリスは不満を漏らす。
「私のプライベートな質問ばかりね」
藤井がすらすらと何かを書き込んだ。
「ああ、そうか。なら、これから本題に入ろう。今までのは単なる本人確認程度だ」
藤井の様子が変わった!
今浮かべていた愛想の良い笑いは既に消え、悪魔のような冷笑を浮かべている。
最初のコメントを投稿しよう!