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その花が僕たちに話しかけてきたのは、お月様がみっつに欠けた、ちょっと風のある涼しい夜のことだった。
「こんばんは。子どもたち」
最初に声に気づいたのはけいんの方だ。
買ったばかりのコーラ水を飲みながら、けいんは不思議そうに辺りを見渡した。
「どうしたの、けいん」
「あんじゅ、お前、今なにか言ったか?」
「なにかって?」
「こんばんは。子どもたち」
「まただ。この声」
「聞こえた。僕にも聞こえたよ」
「あっ。おい見ろあんじゅ」
けいんの指さす先を目で追うと、道端に紫の小さな花が風にふわふわ揺れていた。
「こんばんは。子どもたち」
「けいん。あの花」
「ああ。多分な」
けいんは花の前にしゃがみこむと、まじまじとそれを観察してから僕のことを手招きした。
花は、街路の丁度継ぎ目の隙間から無理やり煉瓦を押し退けるようにして生えている。
僕もけいんの隣りに並んで、花を上から覗き込んだ。
「こんばんは。子どもたち」
「やっぱり犯人はこいつだ。喋る花だ」
「珍しいね。まさかこんなところに咲いてるなんて」
「妖精たちのいたずらだろうな。こんな窮屈なところに植えられて、見ろよ、茎がこんなに細い」
「かわいそうだね」
「かわいそうでも、しょうがないさ」
「どうしよう」
「どうもしないよ」
「無視して帰るの?」
「森に植え替えに行く時間なんか無いだろ。今日は早く帰れってママに言われてるんだ。おじさんが帰ってくる日なんだよ」
「あ、そっか」
僕は空を見上げ、お月様の欠片をもう一度確認してみた。
1……2……3。
隣りでけいんの溜息が聞こえた。
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