信長という男

2/4
前へ
/57ページ
次へ
 俺の名前は菫信長(すみれ のぶなが)29歳。  あと数時間で30の誕生日を迎える。  名前の由来は父が 「男の子なのに"菫"という女性っぽい名字ではかわいそうだ、強い名前にしてあげなければ」  ということで戦国武将の織田信長からもらったそうだ。  しかし優しい普通の両親に普通に育てられた一人っ子の俺自身はいたって普通の人間になっている、と思う。  自分で言うのもなんだが見た目は人並み以上、身長も高く成長できた俺は、たまに周囲の妬みの原因になったりするので必要以上に人と接するときは   "穏やか丁寧"    を心掛けているのだが、それさえも「すかしやがって」と言われたりするので難しいものだ。 「ちょっと休憩しててくださいねー」  口から器具が抜かれ、担当していた歯科医と歯科助手がパタパタとそばから消え去った気配がした。  今俺は親不知を抜きに歯医者の治療台に寝そべっている。  乾いた口を潤すため舌で唇をなめる。「すぐ抜けますからー」と説明されていたが歯科医が思っていたより俺の親不知は頑丈なのか、随分時間がかかっている。  その証拠に、俺の次の予約患者がもうきてしまっているのだろう、歯科医が今みたいに何度かいなくなる。長くかかっている抜歯時間中、いろんなことを考えてしまう。  明日は俺の誕生日なのだが、一か月前、母が亡くなった。  葬式だなんだと慌ただしくしていると、奥の歯が痛みだし、なかなか痛みが引かなかったので歯医者にきてみたら、親不知抜きましょうということになった。 「口開けてくださーい」  歯科医が戻って来て手早く構えて言う。口を開けると、器具が入り込みギュイーと器具の音がする。歯を割っているんだろう。こんな奥の歯相手に何時間も、大変な仕事だな。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加