信長という男

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 翌日、朝一で会社に行き上司がくるのを待った。  上司が出社してきてすぐ、父のことを話した。 「そうか、大変だな。葬式は?」 「これから、実家に帰って色々と準備します」 「そうか、じゃあ俺から総務に連絡しとくから」 「あ、それで、実はこれを」  俺は辞表を出した。 「え?」  唖然として口を開けたままの上司に深々とお辞儀をして、すぐにその場から離れた。会社から出て、近くのチェーンの喫茶店に入った。  昨日あの電話の後、彼女に 『話があるから明日出社前に会社近くのトリーズにきて』 とメールをしておいたのだ。  既に彼女は来ていて、一番奥の席に座っていた。  歩きながら店員に「コーヒー」と注文し、彼女の向かいに座った。  彼女は小さく俺に手を振り、なんだか緊張しているようだった。 「何か頼んだ?」 「うんっ、私も今きたところ。カフェラテ頼んだ」  ウフフ、と彼女は上機嫌だ。  そこに店員がやってきてカフェラテとコーヒーを置いた。  コーヒーをすぐに一口飲んで、俺は深く息を吸った。 「あの」 「はいっ」  彼女はカップに伸ばしていた手を引っ込め背筋を伸ばした。 「俺、会社辞めたんだ」  沈黙が流れ、彼女が顔を傾ける。 「辞めた?って?」 「父親が死んだから、実家の喫茶店やろうと思ってる。急ですまないけど……」  彼女を見ると、顔を真っ赤にして口をへの字に曲げていた。  これは……と思っていると彼女が付けていたネックレスを外しテーブルに置き、カフェラテのカップを俺の方に移動すると立ち上がり震えながら声を発した。 「バカにしないで。さようなら」  彼女は鞄を手にしコツコツとヒールの音を鳴らして去って行った。  俺は残されたテーブルの上を見つめた。  ネックレスはいつかの誕生日に彼女にプレゼントしたものだった。  カフェラテは俺にくれるのか?と不思議に思い見てみると、なるほどラテアートというやつか。『誕生日おめでとう』という文字がゆらゆらと揺れていた。  数日後、通夜も告別式も初七日も一通り終わって一段落ついた俺はつなぎを着て、いくつかのペンキ缶を置き、実家である喫茶店を眺めた。  入口の扉のフックに掛けられた『菫堂』の看板が風に揺れた。
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