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『にーはお! にーはお! あにょはせよ!』
渦の内側から先ほどの声とは比べ物にならない気持ちが悪い声が聞こえてくる。
例えるなら世界中から黒板の引っ掻き音をかき集めてミキサーで細かく砕いた物に、水溶き片栗粉を加えて小さじ一杯分耳から注ぎ込まれた感じだ。
間を通る光すらを捕らえるあの黒い渦を。
僕は必死で走りながら、ちらりと後ろを振り返る。額に大粒の汗。髪を滴って首筋を流れていく。すぐ後ろまで渦が迫っていた。先程よりも距離が近付いている。
『あにょはせよー! あにょはせよー! こにちはー!』
中心から聞こえる哄笑のような声。例の吐き気を催す声。じわりじわりと引き寄せられる。近づくにつれて引力が増す。焦る。走らないと。足がなにかに躓いた。身体が傾く。左脚に力をこめて何とか転倒だけは防ぐ。だけどそれじゃ意味が無い。走らないと。速度が落ちたら、呑まれ──。
「──失せろ。目障りだ」
──黒い渦が僕の背中に触れる、その直前。
しゃらん、と。
金属が擦れる幽かな音が聞こえた。
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