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直後、バランスを崩して前に蹌踉ける僕。唐突に渦の引力が消失。“僕は糸が切れたマリオネットみたいに、支えを失って、転倒した”。顔面がぶつかる前に何とか手をついて衝撃を和らげる。
僕は何が起きたのか分からずに振り返った。いや、厳密には振り返ろうとした。
「────、ぇ?」
だが僕には振り返ることすら叶わない。一瞬に思考が凍りつく。
“彼女”は“僕が振り返るよりも早く僕の手をとって走り出していた”。
すごい力で身体が引きずられ、前方に傾きながら進んでいく。
既視感のある、アバンギャルドな漆黒のセーラー服。右手には緩やかに波打つ乱刃の日本刀。うしろ姿しか見えないためその表情は伺えないが、黒のリボンが風になびき、パタパタと音を生んでいる。
「いったいなにが──」
「喋らないで走って」
ぴしゃりと言い放つ彼女。
鋭く吊り上がった眦が僕を射ぬいた。
僅か一瞬、振り向けられた横顔──。
完璧に整った顔立ち。凛々しい眉。隙のない、一挙一動がいちいち様になる物腰。
背中まで伸びる紫がかった艶やかな黒髪が、逆巻く風の中に踊っていた。
「……まったく。オマエ、どうしてこんなところに居るんだ。めんどくさい。すごく余計な手間じゃないか」
こちらも見もせずになかなかの悪態を吐く、この美少女。助けてもらった手前あまり文句を言う資格はないだろうけど、それにしてもひどい言いぐさだった。
「名前は?」
「……は?」
再び切れ長の瞳に気圧される。
「オマエの名前に決まっているじゃないか。もしかしてオマエは馬鹿なのか?」
「え、あ、えっと……織戸 未織」
「……未織? そうか、よし、未織だな」
一人納得したように呟く彼女。僕はその姿を見ながら頷き返すことで精一杯だった。
「私は黒江 伽耶(クロエ カヤ)。みんなカヤって呼んでる。オーケー? じゃあ、未織。ここから《room》に着くまでちょっと走るから、ちゃんと気合い入れるんだぞ?」
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