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「この男を知らないか」
と、カラー印刷の紙を差し出される。案外アナログだった。
「ああ、さっき向こうの通りの方へ行きました。」
なんともベタな嘘をついて、匿った男を助けた。
「ありがとうございます。なんとお礼を申したらいいか」
と金星人は喜んでいた。
「いいえ、」
と私も喜んだ。犬のことなど、すっかり忘れていた。
「お礼に、これを差し上げます」
そう手渡されたものは、ビーチボール大の、球体の機械だった。
「これは?」
「それは宇宙船です。このように、抱えて乗ります。」
金星人は丁寧にレクチャーしてくれる。
「ヘェー、すごい。楽しそう。」
「これを使って、どうぞ旅に出てみてください。」
金星人が空間を指で直線に切ると、空間が割けて、真っ暗な闇が現れた。
それは、宇宙だった。
「さあ、船を抱えてください。」
言われるまま球体を抱いて、闇へ飛び出した。
「呼吸は気にしないでください。球体に触れていれば平気ですから。」
金星人のいる空間の裂け目からどんどん遠ざかっていく。
楽しんで、
その言葉を最後に、あの空間の音は聞こえなくなった。
光りも見えなくなった。
私はひとりになった。
真っ暗な闇の宇宙のなか、ひとりぼっちになってしまった。
何時間この球体を抱えているのだろう。
上下のわからないこの闇の中、はじめは寂しさが湧き、悲しさが湧き、後悔に駆られ、今は何も感じない。
私は回転しながら宇宙を進んで行く。
重さも軽さも感じない。音も光りも感じない。
ぼんやりとした視界の中、小さな点を発見した。
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