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顎の骨を砕いた。
そう確信を得た少年は、相手の左頬にめり込ませたままの右手を腕の力で振りぬく。さっきまで威勢のよかった相手は、驚くほど易々と膝を崩して失神した。泡を吹いて、細かく痙攣しているだけだ。本当ならもう一人二人、気を失っている男の連れがいたような気もしないではないが、もう少年の前からは姿を消していた。差し詰め、逃げたのだろう。
「……雑ッ魚」
白目をむいて倒れている男を見下し、少年は呟く。
別に、理由らしい理由なんてなかった。ただ裏路地を歩いていたら男と肩をぶつけた。それだけである。もう少し言うのなら、それに腹を立てた男が詰め寄ってきた瞬間、腹の奥が煮えるような不快感がこみ上げ、軽い諍(いさか)いに。そして、全力で男を殴りつけた。それだけである。
それ以上やそれ以下の関係でもないため、少年はただ無感動に、喧嘩を繰り広げた相手の無様さを見る。
「相手が悪かったな、オッサン」
聞こえているのかどうかはさておいて、少年は一言。そしておもむろに男の体をひっくり返し、懐をまさぐる。
お目当てのものは程なくして出てきた――財布である。布の袋で軽そうな反面、中身が擦れ合ってチャリチャリと音をたてている。
少年のやっていることは、俗に言われる強盗だ。喧嘩をして勝った相手から、適当に金を盗んでその日を過ごしている。
押収した財布をポケットに押し込め、少年は興醒めしたように呟いた。
「……つまんねー」
毎日毎日、こうして喧嘩ばかりの日々なのだ。喧嘩独特の空気や殴る感覚は大好きであるが、いかんせん相手が弱すぎる。少年が一応住んでいる街――グリムテイルの男はほとんど殴り倒してしまったのではないか。そんな気すら、最近では感じてしまう始末だ。
言い難い物足りなさと今すぐ暴れだしたい衝動を抑えながら、少年は踵を返す。
これで一応数日分の食い扶持は確保されたのだ。早く適当に何か買って、腹を満たして寝るに限る。
そう自分に言い聞かせ、薄暗い裏道で伏せがちだった顔を上げたそのときだ。
「よぉ」
背後から、不意に呼び止められた。少年は足を止め、肉に飢えた獣のような目で振り返る。
二つ――賑やかな表通りを背景にして佇む影があった。二つ並んでいる影のうちの片方が、数歩前へ。
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