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「ほいっと」
上半身を軽く反らしただけで、難なく回避するカラス。直撃を確信した攻撃が、こうもあっさりとかわされてしまった。
「いやー。結構危なかったぜ」
歯を見せながら、思ってもいないようなことをカラスは言葉にしてみせる。その上から見下したかのような視線が、スネアの神経を著しく逆撫でた。
観念したように少年はため息を吐いて、一瞬後には凶暴な歯をずらりと露出させてみせる。首を傾げてスネアの行動を待つカラスに、少年は得意げに話す。
「いいモン見せてやるぜ、オッサン――とっておきだ」
言うが早いか、スネアは上着の袖を片方だけ捲り上げる。袖を肘近くまで上げて、右腕だけ地肌にする。左腕は手首まで生地に覆われているため、どうもアンバランスだ。
「ひとつ、いいことを教えてやんよ」
膨大な自信を声に孕ませ、少年は語る。
「俺がこの状態になって、無事でいたやつはただの一人も存在しない」
そう言葉を区切り、スネアは左手を右の前腕――手首と肘にかかる腕の部分へと近づける。
スネアの前腕が、赤く発光した。
もっと正確に言うなら、前腕の一部分が蝋燭に灯された炎のようにゆらゆらとした光を放っている。刺青のように腕へ掘り込まれた奇妙な数文字は人間が使うものとは程遠く、頼りなく光るさまもどこか禍々しい。
その光を、覆う少年の左手。
スネアの右前腕に、変化が訪れた。
紅色の鱗が右の手と腕を覆い、爪も伸びる。間違いなく、人間の枠組みを逸脱した異形の腕だ。
一連の変貌を見届けていたカラスは、呆然とした様子で呟く。
「おいおい、嘘だろ?」
それほど驚くに値したのだろう、半開きになった口からは咥えていたタバコが重力に沿って地面に落ちる。それに伴って、背後で沈黙を貫き通していたライドも目を丸くさせる。
スネアの右腕を指差し、カラスは興奮気味な声を絞り出す。
「お前、それはどこで手に入れた? 誰かから買ったのか?」
「買うわけねぇだろバカ。物心ついたときから、俺の右腕にずっと焼き付いて離れねぇねんだよ」
鋭い犬歯を見せびらかし、スネアは腰を低くさせる。
「忠告だ」
ぼそっと、小指の爪にも満たない大きさの気遣い。
「避けろよ?」
消えた。
カラスやライドから見たら、そう映ったのかもしれない。しかし消えたのではなく、脚力を全力稼動させて近くにあった家屋の壁を駆け上ったのだ。
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