浜口陽子の場合

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少し薄暗い、しかし雰囲気のあるバーのテーブル席で二人は飲んでいた。 入社間もないとはいえ、少しは顔の知られている美砂と一緒なので、うってつけのお店だった。 美砂には結構何でも話せたので、陽子が会社内で置かれている現状や悩みを打ち明けていた。 「まあ、社内一のイケメンエリートを彼氏にしてるんだから仕方ないか。」 美砂は陽子の肩をポンと叩いて慰めた。 「でもやっぱり辛いよー。」 酔いが進んだ陽子は本音を打ち明けた。 「いっそのこと別れちゃえば?」 「えー、今は彼が心の拠り所なんだから無理だよ!」 陽子はムキになって答える。 「でも原因はそこだからなあ・・・。」 美砂が心配そうに答える。 ガクンと落ち込む陽子。 「ねえ、幸福タクシーって知ってる?」 唐突に美砂が話し始めた。 「なにそれ?」 「うん。都市伝説なんだけどね。」 そう言って美砂はカクテルに口を付けた。 「人生のどん底にある時に、あるタクシーに乗ると幸せになるんだって!」 「へえ。」 さすが業界人だ。 その手の話に詳しい。 「どんなタクシーなの?」 陽子は興味を持った。 「物凄く不幸な時に、目の前にタクシーが止まってるんだって。そのタクシーは白地に青のストライプで、屋根の行灯に”幸福”って書いてあるらしいよ。」 「個人タクシーなの?」 「うん。でもタクシープールにはいないんだって。神出鬼没らしいよ。」 「へえ。」 美砂は続ける。 「そのタクシーに乗って、行き先を”お任せします”って言うんだって。」 「うんうん。」 「そうすると幸せになるらしい。」 「え?その後は?」 美砂は手を振りながら 「聞いた話だし、実際に乗った事ある人って聞いたことないからわからないよ。」 「ふーん。」 どう聞いても眉唾だ。 「そんなのあるわけないしね。」 美砂もそう言う。 「でも。」 陽子は美砂に向かってにっこり微笑んだ。 「今は正和さんがいるから、どん底じゃないし幸せだよ!」 「そっか・・・。」 美砂は答えた。 その表情が少し暗かったのが、陽子は気になった。 そのまま2時くらいまで飲んで、美砂とは別れた。 駅前でタクシーに乗った。 試しに並んでいるタクシーを見渡したが、その幸福タクシーらしき車は見あたらなかった。 自分の部屋に戻ると、正和と一緒に写った写真を見つめながら陽子は眠りに落ちた。
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