第零章

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 それは、突然現れた。十二歳の一人息子と両親が暮らす、幸せな家庭に。  昨日までの生活から一変。優しかった父が荒れ狂う。笑っていた母が泣き叫ぶ。  この世に生を受けて十二年。少年では現実を受け止めるには重すぎた。  自分の部屋の隅で怯え、震え、耳を塞ぎ、涙を零す。落ちた雫が畳の上に跡を残し、染み込んでいく。彼と母に日々増えていく、傷のように。  耐えて、耐えて、耐えて。  いつか絶対に、前みたいな生活に戻れるはずだ。  そう信じて。  また父さんと母さんと三人で笑って、美味しいご飯を食べれるはずだ。  そう願って。  一か月が経った。何も好転しない。それどころか、暴力は日を重ねるごとに増えていく。それと対照的に、食卓に並ぶご飯やおかずは減っていった。  父は吸ったこともなかったタバコを吸うようになった。  母の眼に宿っていた強い光はくすんでしまった。  生き生きとした少年の表情は、硬くなった。  そして、家族に最後の日が訪れる。
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