第零章

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「…酒は」  夫の言葉が妻の肩を震わせる。 「…無い、です。あなたが昨日飲んだので最後…」  妻は言った。夫が座っていたソファから立ち上がり、自分がいるキッチンに近づいてくる。それを確認した彼女は、ギュッと目を瞑った。 「何で買ってきてねえんだよぉ!」  夫の怒号に乾いた平手打ちの音がかき消される。  頬を打たれた妻は両手で顔を押さえながら必死の思いで声を絞り出した。 「お金が、無いからです」  その声は震えている。彼女の胸の中には、もはや恐怖しか存在しない。  「チッ」  短く舌打ちをした夫は妻の腕を掴み、先ほどまで自分が座っていたソファまで連れて行く。そして、それに向かって座らせた。すぐに服を脱がせ始める。  妻はそれに対し、何も抵抗しない。そうしたところで、勝てるわけがない。相手は男なのだ。その後に暴力が待っていることをすでに経験した。ならば、一時の欲求を打ち付けられる方がまだいい。もちろん、望んでいない性交など痛みしかないが、見える個所に傷が残るよりマシである。
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